Sep 29, 2009

太陽電池パネルのエネルギー

太陽電池パネルのエネルギーは非常に期待してしまいますよね。これはまごうことなき、クリーンエネルギーであるため、安心して使用して行くことができますね。宇宙からの太陽エネルギーであるため、地球への負荷などに掛けることもなく、チリや環境にやさしいエネルギーを確保することができますね。ソーラーパネルは良いです。
対象地震の後の近くでは、太陽光発電を導入しているお住まいが増えている。太陽光発電は家を新築する際、インストールすることがないことを考えると、そうではないことが明らかになった。すぐ隣の家では、地震後に壊れた屋根も治療していることを考えると、太陽電池パネルを屋根に設置されたものだった。我が家も太陽光発電したいと思う。
 2011年2月に「世界最古のホテル・旅館」としてギネスブックに認定され、「源泉湧出量世界一の温泉宿」としても申請している西山温泉慶雲館(山梨県南巨摩郡早川町)。

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 前編では、全国の旅館経営者が最も注目するJTB顧客アンケートで平均95点(2010年)を獲得し、中規模旅館としてはトップクラスとされる同館の魅力の一端を、温泉と食事という面からご紹介した。

 後編では、西暦705年(飛鳥時代)の創業以来、現代に至るまで、長い歴史の風雪を乗り越え、人気旅館として注目を集めている同館の経営について、第52代当主の深澤雄二さんへのインタビューを中心に、同館のスタッフのみなさんからもお聞きした内容をお伝えする。

●友達を呼んで恥ずかしくない宿にしたい

 「705年に開湯してからしばらくは、湯治場として経営していました。近郷の人たちがさまざまな食べ物を持ち寄って、それを分け合いながら病気療養や健康増進のために湯治するという感じですね。いわゆる温泉宿として経営し始めたのは武田信玄のころ(戦国時代)です。

 長い歴史の中では、ずいぶんいろんなことがありました。明治時代には建物が全焼しました。その時は集落の方々がお金を出し合ってくださったお陰で再建することができたのですが、その後の返済に非常に苦労したようで、以後、「借金して商売するな」という家訓ができました。

 でもね、私の代になってすぐ、その家訓を破って銀行融資を受けて、鉄筋コンクリートの温泉旅館にしたんですよ」と深澤さんは笑う。

 家訓を破ることには勇気が要ると思われるが、どんな事情があったのだろうか?

 「私が早稲田大学商学部の学生だったころ、友人たちから『お前の実家は旅館と聞いたが、遊びに行ってもいいか?』と言われたんです。でも、私は『ぜひ来てくれ』とはとても言えなかった。それで、『自分の代になったら、友人たちに誇れる宿にしよう』と決心したのです」

 やがて、この思いが経営革新への原動力となり、現在の慶雲館の成功への礎になる。とはいえ、その道は平坦ではなかったようだ。1982年には台風で道路や橋が流され、1年以上にわたって営業できなかったこともあるという。

 「私の信条は『ダメだと思ってあきらめるのではなく、ダメだと思ってもトライしろ!』です。昨日より今日、今日より明日、負けちゃならん」

●他山の石としての温泉偽装事件

 慶雲館では2005年、創業1300年のアニバーサリー事業として新湯を掘削。しかも、それは毎分1630リットルという掘削自噴泉としてはまれに見る湯量で、その後の慶雲館の最大の強みを形成するに至っている。

 この2005年という年は、2004年に長野県の白骨温泉で発覚し、全国の温泉地に波及した温泉偽装事件の余韻覚めやらぬ時期であるが、新湯掘削にこの事件は影響を及ぼしていたのだろうか?

 「もちろん影響はあります。ちょうどそのころ、保有していた5本の自然湧出の源泉の湯量が少しずつですが減り始めていたんです。温泉は生き物ですから、やはりライフサイクルがあります。『1300年前から守ってきた源泉も衰退期に入り始めたかな』と感じました。今ある源泉を大切に守り続けても、やがて湯が足りなくなるのは明白でした」

 当時、全国各地で発覚した温泉偽装事件の中で最も多かったのが、そうした温泉資源の枯渇によるものだった。枯渇を世間に知られれば、長年築いてきたブランドに傷がつくし、存続を危うくする可能性もある。そこで水道水を沸かして天然温泉と偽ったり、よその温泉地からタンクローリーで温泉水を運んできて、源泉かけ流しと偽ったり……。

 「私にとって“源泉かけ流しの宿”“本物の温泉”というファクターは絶対に譲れないものでした。それで、こう言うと神がかりのように思われるかもしれませんが、経験と勘であたりを付けて掘削したんです。ヒットアンドペイ(成功報酬制)だと高くなるので、『出ても出なくてもいいよ』という形で安く掘りました。

 最初は地下400メートル掘ったのに全然出なかった。でも、500メートル掘ったら、ようやく少しずつ出始めてきました。そして、600メートル掘ったらいっぱい出てきたんですよ。キリ良く888メートルの深さまで掘ったところでやめました」

 慶雲館の存亡をかけ、1億円弱を投じて行った新湯掘削は成功した。同館は製品ライフサイクル曲線で言う“衰退期”に移行するぎりぎりのタイミングで、からくも新しいライフサイクル曲線に乗り換えることに成功したのである。それも、群を抜いた湯量という付加価値付きの曲線に。1300年前からの自然湧出泉の方は深澤さんの心配した通り、その後じわじわと湧出量を減らしているという。

 「3つの風呂(露天風呂1つと内風呂2つ)で自然湧出泉と新湯のブレンドした湯を出し、5つの風呂(露天風呂3つと、部屋付き露天風呂2つ)で新湯を出していますが、自然湧出泉だけの風呂がないのは、湧出量が減ったためなんです。それでブレンドして出しているのです」

●スタッフ全員が営業マン

 温泉偽装事件を他山の石としているのではないか、と私が推察した理由がもう1つある。それは集客戦略の革新である。

 多くの宿では、これまで女将や営業担当者が旅行代理店回りをして、お客を回してもらうよう働きかけてきた。だが、あまり代理店に依存し過ぎると、いつしか頭が上がらなくなり、宿側として「このキャッチコピーはいかがなものか……」と困惑するようなパンフレットや雑誌記事でも拒否しにくくなる。

 それでたくさんお客が回ってくるうちはまだ良いが、温泉の色や状態がキャッチコピーと異なってきた時、お客からのクレームが殺到し、「詐欺だ! 金返せ!」といった騒ぎになる。そうやって追い詰められた宿の中には、温泉の方をパンフレットや雑誌記事の記述に合わせる(=偽装する)ところも出てくる。2004年の温泉偽装事件では、そういう宿も存在した。

 そういうことを合わせ考えるならば、代理店に過度に依存しない営業戦略が必要になってくるはずだ。その点、慶雲館の戦略は独自性がある。

 「当館では、“全員が営業マン”という考え方を推進しています。料理長や予約担当、客室担当の仲居など、すべてのスタッフが自分の固定客を持っているんですよ。年間の来客数2万8000人のうち、40%ほどが固定客です。比率としてはちょうど良いのではないかと思います。この比率が50〜60%になると、逆に硬直化してしまうと思います」

 深澤さんがそう言うと、料理長の佐藤さんもうなずく。

 「私の場合ですと、毎月宿泊してくださるお客さまが5〜10組、2カ月に1回くらい宿泊してくださるお客さまが10〜20組いらっしゃいます」

 客単価が2万5000円という高級旅館の同館で、毎月や2カ月に1回といった頻度で宿泊してくれるファンがつくというのは驚くべきことだ。佐藤さんは毎晩、夕食時にすべての客室を回り、お客へのあいさつと料理の説明をしている。料理のワザとセンスに加え、実直なその人柄もあって、お客からかわいがられているという。お客の好みも把握しており、肉料理が苦手な人には、魚料理や精進料理を出すようにしていると話す。

 総務部長の川野さんも言う。

 「私の場合、社長(深澤氏)から『クレームをつけてきたお客さまを固定客にしろ』と常々言われているんですよ(笑)。数ですか? そうですね10組くらいはいらっしゃるでしょうか」

 クレームをつけてくるお客と言っても、悪意に満ちたクレーマーばかりではない。善意から改善のリクエストをしてくれるお客もまた多い。そうした善意の人々に対して誠心誠意接することで、彼らがヘビーユーザーになってくれるケースは、業種を問わず、あり得ることだろう。川野さんは見事、それをやってのけているということだ。

 しかし、何と言っても驚かされるのは、仲居さんたちにそれぞれ固定ファンがいるという事実だ。

●仲居は20代が中心

 かつて山奥の温泉宿の仲居というと、年輩の苦労人というのが相場だったし、今でも多くの宿ではそうであろう。しかし、慶雲館はそんな常識を見事に覆してくれる。客室担当の13人の仲居たちのうち、9人が20代の女性なのである。仲居頭でも33歳というから、その若さに驚かされる(ちなみに、慶雲館のスタッフ43人中の23人が20代)。私と編集H氏の部屋を担当してくださった東郷友紀さんも、そんな若い仲居の1人だ。

 「私は鹿児島市で生まれ育ち、学校を出た後はキャナルシティ博多(福岡市のトレンドスポット、1996年開業の大型複合商業施設)で働いていたんです。ここ慶雲館には最初、派遣社員として来て、それから社員になりました。でも、まだここに来て半年なんです。鹿児島や福岡出身のお客さまがいらっしゃると、私もつい方言が出たりして、盛り上がってしまいます」と屈託なく笑う。

  南アルプスの奥深く、秘境の温泉宿が、このような都会的な若い女性たちの明るい活力に支えられていると想像できる人が果たしているだろうか? 東郷さんのほかにも、スタッフは日本全国から集まっているという。

 正直言って、この意外性に満ちた展開に私は驚いた。しかも、そんなに若く仲居歴の短い女性でありながら、仕事ぶりは誠実、かつ真心に満ちたものである。その根底には、慶雲館への愛情や誇りがあるように感じられた。「次回も東郷さんにお願いしたい」とお客さまが思うのもうなずける。

 深澤さんは言う。

 「仲居といえば、昔は人生の苦労を重ねた味のあるベテランたちで、今でもそれを好むお客さまもいらっしゃいますが、当館の場合は若い力が活躍しています。気質も昔とは異なり、からっと明るいのが特徴です。『海外留学したいので、そのための資金を貯めたいから』とか、割と前向きな目的志向の子も多いですね」

 固定客化のためには、顧客情報の蓄積やその有効活用が必須だと思うが、その点はどうなのだろうか?

 「多くの旅館では、お客さま到着時のごあいさつや説明、夕食のお世話、布団を敷く、布団を上げる、朝食のお世話などを別々の仲居がやっていたりしますが、当館の場合は基本的に1つの客室を1人の仲居がすべて担当するシステムになっています。そして、個々のお客さまの細かい食の好みや浴衣のサイズ、室内でのご様子などをメモし、データベース化して、次回以降のご来館時に生かすようにしています。そして、お帰りになられたら、すぐに直筆のお礼状を出すのも当館の特徴です。

 また、お客さまにはアンケートにご協力いただいています。戻ってきたアンケートはタイムカードをつける場所に置いているのですが、毎日、仲居たちはむさぼるように読んでいますよ(笑)。自分の名前はないか探し、名前があって、そこに感謝の言葉が書かれていたりすると大喜びです。もちろん、このアンケートに書かれた内容をみんなで共有化して次に生かしています。

 仕事というのは、楽しいと思ってしないと1時間が2時間にも感じられます。お客さまに『ありがとう! また来るよ!』と言ってもらうのを喜びにしなさい、と指導しています」

●旅館の聖域、板場も経営に参画

 前編から読んでいただいている読者の方々、中でも温泉通の方にとって、この慶雲館でのインタビュー風景はきっと意外に思われるに違いない。それは、社長や総務部長、さらには仲居と一緒に、料理長がごく自然に参加しているからだ。

 板場(厨房)といえば、昔から旅館の聖域とされ、一種の“治外法権”のようになっていて、女将や社長でもうかつな口出しはできなかったし、今でもそうした空気感は多くの宿に残っている。ところが、慶雲館には板場と他部門の間に壁が存在しないのである。そして、そのことが慶雲館の大きな強みになっている。

 特定のセクションが聖域になっているという事例は、ほかの業種でもしばしば見出されることであるが、それを取り払って組織の風通しを良くするなどということが慶雲館ではなぜ可能になったのだろうか? それに対する深澤さんの答えは明快だ。

 「料理の世界には、隠れた名職人が大勢います。そうした人を社員ではなく顧問という形でお呼びして、板場の指導をしてもらうようにしました。だいたい1年、長くて2年もすれば、そういう人は力を出し切ってしまいますから、そうしたらまた別の人を顧問にし、指導してもらう。それを繰り返したのです。佐藤料理長は料理の世界に入ってすぐに当館に来て、ほとんどの時期を当館で過ごし、そうした顧問たちの下で修行を重ね、今日に至ったということです」

 要するに、板場に関しては大ボスを置かず、当時まだ経験のなかった、いまだ色の付いていなかった佐藤さんを、外部スタッフ(顧問)たちの指導を通じて、深澤さんが料理長へと育て上げていったということだ。

 「そんな経緯もあってか、板場の協力が得られているんですよ。メニュー構成をどうしたら良いか、Webサイトでの料理の見せ方をどうしたらよいか、など自分から積極的に提案してきます」

 板場との壁がなくなったことで館内の空気が変わったというべきか、慶雲館では板場、業務、ルーム、総務など各部門の幹部10人ほどで円卓会議を定期開催して、各部門の情報を共有化しつつ、全体最適が実現できるようにした。「全員が営業マン」という戦略とともに、慶雲館が温泉旅館には珍しい全員参画型経営を推進していることがうかがえる。

●政治家として外の世界ともパイプ

 深澤さんは早稲田大学時代、森喜朗元首相と同じゼミに所属し、現在に至るまで友人としての付き合いが続いているという。そんな深澤さん自身も、実は政治家としての長いキャリアを有している。

 「30代後半に早川町の町議会議員になりまして、その後、町議会の議長を8年間務めました。やがて山梨県の町村議長会の会長に就任して2年間務め、次に関東町村議長会の会長になりました」

 こうして外とのパイプを常に持ち、絶えず外気に触れてきた深澤さんだからこそ、温泉宿経営者がしばしば陥る視野狭窄(きょうさく)になることもなく、山梨県の中で、温泉業界の中で、そして日本全体の中での慶雲館の過去・現在・未来を的確に把握することができたと言えるだろう。

 個人客をターゲット層にすえ、全37室、客単価2万5000円で、年商は7億円、年間宿泊者数が2万8000人という慶雲館。

 山奥の温泉宿は一般に、紅葉シーズンや夏休みは混むが、冬場は客足が遠のくなど季節性が高いものだが、慶雲館の全シーズンを通じての平均値を出してみると、1日平均宿泊者数は約77人となる。1部屋2人で宿泊すると仮定すると毎日満室ということだ。もちろん実際には、1部屋にもっと多人数で宿泊するケースは多いし、季節変動も免れないのだが、それでも深澤さんのかじ取りで堅調な経営となっていることは明らかだろう。

●“不便さ”が強みなんです

 慶雲館にとってのメタ・コンピタンス(基幹能力)について聞いてみた。

 「湯の力と不便さです」

 深澤さんの答は明快だった。湯の力については詳述した前編を参照願いたいが、不便さについては触れる必要があるだろう。慶雲館を中核とする西山温泉エリアは、フォッサマグナの西縁、糸魚川静岡構造線の直上に位置し、落石や崩落が絶えず、交通規制や途絶もあるなどアクセスが悪く、まさに天然の要害である。

 日本中が温泉ブームになるや、全国の温泉地には「温泉でひともうけしよう」という野心家たちが殺到し、結果として温泉資源の枯渇などの問題を引き起こしたわけだが、このエリアにはそうした人々が殺到することはなかった。自然の厳しさが彼らの侵入を許さなかったと言えよう。

 そして一方、来館客から見れば、“秘湯”という名の観光地があふれる現代日本にあって、このエリアこそが、真の秘境を満喫できる希少な場所と言えるのだろう。「旅行の目的は非日常。それを味わうためには、アクセスするのに多少の距離はあるべきではないでしょうか。もちろん、旅館にチェックインした後に不便さを強いるのはダメですが」と深澤さん。そういう意味で、この不便さはメタ・コンピタンスの1つと評せるわけだ。

 では、どんなに環境が変わったとしても慶雲館として絶対に変えてはいけない不変の対象は何なのか? そして、環境変化に即応して、非連続・現状否定型で変えないといけない革新の対象は何なのだろうか?

 「不変の対象はアナログなホスピタリティ、そして日本旅館としての伝統的な“和”“木”というファクターです。それに対して、革新の対象は、ハードの更新とバックヤードです」

 メタ・コンピタンスや不変と革新について、これだけ明快かつ的確に答えられる経営者は珍しいが、深澤さんが革新の対象として挙げたハードとバックヤードの問題は、そのまま戦略課題にもつながってくる。

●IT化が課題

 革新の対象のうち、特にバックヤードをめぐる問題が今、慶雲館の大きな戦略課題になっているようだ。

 「どうやってIT化するかということなんですよ。さっき申し上げたように、旅行代理店に過度に依存すべき時代ではなくなっていますし、実際、インターネットの発達とともに、代理店経由のお客さまが占める比率はじりじりと下がり続け、とうとう全体の半分になりました。代理店経由がなくなることはないですが、5〜10年先はほとんどWeb経由になるのではないでしょうか。

 今の旅館はほとんど赤字経営です。そして、装置産業なので銀行の融資に頼らざるをえません。中には無借金の旅館もありますが。かつては温泉宿が倒産することはあり得ませんでしたが、今や老舗も含め、多くの有名温泉宿が次々に倒産・廃業に追い込まれる非常に厳しい時代です。

 代理店を通すと、手数料などで結局20%ほど支払う計算になり、経営的には重い負担です。Webの旅行サイトだと、手数料は8%くらいで少し楽になります。ただ、できれば“直(間に代理店などをはさまない)”のお客さまの比率を上げていきたい。『全員が営業マン』というのは、まさにそのための施策なわけですが、それと同時にどうしても取り組まないといけないのがWeb戦略の構築・実施なんです。

 ところが、ここは秘境で光ファイバーケーブルを通してもらえません。携帯電話も1000万円ほどの設備投資をして、ようやくNTTドコモとソフトバンクは通じるようになりましたが、auなどは通じません。

 そして何より、Web戦略の担い手となって結果を出していける人材が育っていないのが実情です。そう考えると、最後に行き着くのは、やはり人の問題ということになるかもしれませんね」

 深澤さんがスタッフをとても大切にしているのはよく分かるし、慶雲館への愛情と誇りをもったスタッフのみなさんのプロフェッショナルな仕事ぶりを見る限り、人材の問題の深刻さを実感できないのだが……。

 「人生これからという若い人にとっては、ここは本当に何もない地域です。ここでこれからの人生をずっと過ごそうという風にはなかなかいかないでしょう。だから、人材の募集も難しいですし、入ってくれた人も、なかなか勤続何十年というわけにもいきません。

 それは、慶雲館の事業承継についても言えることです。私は第52代ですが、子どもがいないので『次をどうするのか』という問題があります。これまで1300年間、一族の誰かが跡取りになってきました。しかし、これからの過酷極まりない旅館経営の担い手としてやっていけるだけの高い能力や見識を持っていることに加えて、この辺境の地で残りの人生を過ごしていきたいと思ってくれるような人を一族の中から選び決めていかないといけません。非常に難しい問題です」

 人気温泉宿として華やぐ慶雲館でも、人の問題は深刻なようだ。最後に、深澤さんから次のようなメッセージをいただいた。

 「都会の喧騒で疲れた人、そしてどんなに優秀でも運に恵まれない人、当館で働いてみませんか?」

 現代の秘境、西山温泉慶雲館。しかし、そこは1300年の伝統を現代という文脈に適合させ続ける革新的な企業である。志ある人はその門を叩いてみてはいかがだろうか。【嶋田淑之,Business Media 誠】


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