Jan 20, 2009

看護師求人を探している方のために考えて書いてみました。

長年の不況で就職が難しい時代だと思うのですが、高齢化などで看護師の資格がある方は、さらに必要な存在だと思います。看護師の採用は、病院や診療所、訪問看護など、様々な職場が紹介されています。子供のいる家庭でも、働きやすい保育所や自家用車通勤の駐車場のある看護師の求人がたくさん紹介されているので調べてみてください。
医師の採用はかなり一般的なものでは乗っておらず、通常の先輩医師や無料の先生方を良いと言われています。フリーの先生は非常に様々な回っている状況もリアルに聞く、特に人間関係など。信頼性の高い情報です。医師の求人は、締め切りもまちまちでも​​行きたい病院やタイミングが合わないと言うこともたくさん聞きます。
 福島第1原発事故で警戒区域にある福島県双葉町。10キロ圏内にある同町の自宅から東日本大震災直後に避難し、障害者を支援する横浜市内の施設を手伝っている女性がいる。田舎暮らしの夢をかなえようと、3年前に同市港北区から移り住み、町民として根付き始めた直後の事故だった。「早く安全な双葉町に戻してほしい」。思いを聞きに、女性を訪ねた。

 矢吹美津子さん(57)は福島県の中通り出身。夫の重憲さんと、退職後、自然豊かな場所で暮らそうと土地を探し、同町に家を建てた。

 その後、重憲さんが2年半前に急死。落ち込んでいると、近所の人々が「何か困っていることはないですか」と声を掛けてくれた。

 「人の温かさに触れて、単身でもやっていけると思っていたのに…」。前向きな気持ちが出てきたころ、自宅の9・3キロ先で事故が起こった。

 震災発生翌日、原発1号機で水素爆発。刻々と状況が悪化していく。「少しでも早く離れなければ」。近所の住民ら17人で車5台に分乗し、関東地方を目指した。丸1日かけ、矢吹さんは横浜市中区にいる長女(29)のところへ。10日間ほど滞在したが、生活時間帯の違いもあり迷惑を掛けたくないと、前に27年間住んでいた港北区内のアパートを借りた。

 同区内には友達がたくさんいる。アパートも友達の一人が紹介してくれ、炊飯器ももらった。「家にずっといても、気が詰まるでしょ」と、食品や洗剤などを扱う「自然食品のお店 かれん」(同区大豆戸町)を紹介してくれた。ボランティアで、4月4日から週2回、レジ打ちや品出しなどを手伝っている。

 同店は障害者の就労支援施設。店長の冨岡深恵子さん(61)は「人手が足りずとても助かっている。『ここで働くようになって元気が出てきた』と話してくれたので、今は週3回来てもらっている。正式なスタッフになってとお願いしています」と話す。

 矢吹さんは、店で障害者と関わり、少しでも力になりたいと強く思うようになったという。同時に、双葉町民のこれからを案じている。共に関東に避難した人の中には、乳児を連れた若い家族もいた。「彼らの願いは、就職と住まいの確保。それぞれが得意分野を生かせる仕事と、世帯に応じた家を求めている。国が責任を持って、一人一人に対応してほしい」

 桜や桃、梅が咲き、山菜やおいしい魚に恵まれた第二の故郷。再生できるのかは分からない。「双葉町に移らなければ、こんな目には遭わなかったかもしれない」。矢吹さん自身、そう思うことがあったという。しかし「双葉町の人と出会えてよかった。主人も、田舎暮らしという夢をかなえることができた」と思う。

 道筋がついたら、恩返しに、双葉町のためにボランティアとして働くことを望んでいる。

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 日本神話・天孫降臨の中にニニギノミコトらを高千穂まで道案内したとされる猿田彦大神を祭る猿田彦神社(伊勢市宇治浦田)で5月5日、米の苗を植える「御田祭(おみた)」が執り行われた。(伊勢志摩経済新聞)

【画像】 「ハエーヤハエ、ハエーヤハエ」の掛け声、豊年踊り。猿田彦神社御田祭にて

 本殿裏にある約500平方メートルの神田で執り行われた同祭は、五穀豊穣、大漁満足を祈願するもので、鎌倉時代から続くと言われている。

 神社本殿で玉苗を供え御田祭の斎行(さいこう)を奉告、その後神田まで8歳の童女「八乙女(やおとめ)」が玉苗を運び、桃山時代の装束をまとった神社継承家の男8人女8人の植方(うえかた)が一列に並び、一苗一苗を丁寧に挿苗する。囃方(はやしかた)は作業終了まで、笛や太鼓による田楽を奏で、古代から続く悠々とした時間を作る。

 苗は、同神田で種から育てたもので、うるち米(コシヒカリ)ともち米(マグラモチ)の2種類。作った米は、8月に刈り取られ11月23日の新嘗祭(にいなめさい)奉納後、同神社神への供物として使用される。毎年うるち米=約180キロ、もち米=約18キロを収穫する。

 田植えが終わると神田の中央に恵比寿と大黒が描かれた大きなうちわを持った植方2人が「団扇角力(うちわずもう)」をとる。どちらが勝つかでその年の豊漁、豊作を占い、恵比寿が勝つと豊漁、大黒が勝つと豊作になるという。「今年は恵比寿が勝ったので、豊漁間違いなし」と団扇角力を取った植方が笑顔でこたえた。

 場所を同神社拝殿前に移すと、「ハエーヤハエ、ハエーヤハエ」と掛け声をかけながら踊るユニークな豊年踊りが植方らによって行われる。「ハエーヤハエ」は「早く生えてこい」という思いが踊りの掛け声になったといわれている。踊りが終わると団扇角力で使用したうちわを破る「団扇破り」が行われ、参列者らによって一斉に破られる。うちわの紙片はお守りになると伝えられている。

 三重県の無形文化財の指定を受けている同祭が、この地域の初夏の知らせとなっている。


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猿田彦神社


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