Jan 13, 2009

これで、産婦人科で行われるレーザー脱毛

最近、エステサロンや美容手術だけではなく、産婦人科でのレーザー脱毛をしているところがある。私は子供を出産した産婦人科医院もあって、その出産すると、ある場所で無料で体験させてジュルハヌンと受けてみた。その後、確かに頭は不足したが、すべては失われなかった。レーザー脱毛なら簡単にきれいになくなるかと思っていたがそのようにされなくて残念だった。それをすると、何度も通わなければならないようだ。
永久脱毛すると、一生毛が来ないかというとそうではない。ある程度の時期が過ぎると、また私来る。今は永久脱毛には言わないのではないか考えてしまうのは私だけか?それでも永久脱毛と謳っていることが多い。詐欺のような感じがしてしまうのは俺だけか?半永久脱毛といえばいいと思う。
 ◇自然発生的に孤立防ぐ努力
 4月26日〜5月9日の2週間、津波で大きな被害を受けた岩手県宮古市と山田町を取材で訪れた。震災から2カ月がたとうとしているのに、津波が消し去った街には、いまだにがれきが積み上がり、海からの強風で砂ぼこりが舞っていた。東日本大震災の被災地を訪れる前、阪神大震災で支援活動をした方々に話を聞いていた私は、阪神での経験をどう東北の被災地に生かすことができるのか、考えながらの取材となった。【大沢瑞季】
 ◇宮古市
 ◆重茂半島
 4月下旬、本州最東端にある宮古市の重茂半島へ足を運んだ。陸路での唯一の交通手段は1本の県道のみだが、震災による津波で寸断され、5日間孤立した集落だ。
 この日、津波で破壊された漁港に漁師が集い、酒を酌み交わしていた。津波で流された漁具の撤去作業が終わり、震災以来、久しぶりの宴会を開いていた。漁師の1人は「被災者じゃないみたいだろ」と豪快に笑いながら、「こういうこともしないと、元気が出ないから」と漏らした。皆、少し赤らんだ顔で冗談を言い、悲しみや不安を吹き飛ばすかのように、大声で笑っていた。
 その中には、長男飛輝君(3)の行方を探し続けている石村辰則さん(28)、正美さん(25)夫婦の姿もあった。正美さんはぽつりぽつりと飛輝君のことを話してくれた。
 飛輝君は「パパみたいな漁師になる」が口癖だった。極寒の冬も、炭火にあたりながら、正美さん夫婦と一緒にホタテの殻を洗う作業などを手伝ってくれた。「私が泣いたら、夫も泣くから、いつまでも泣いていられない。海が大好きだった飛輝のためにも、ここで頑張ろうと思っている」。気丈に振る舞う正美さんの言葉が、胸に残った。
 この集落では、家が流された人たちは、空き家や倉庫などで生活しており、避難所はなかった。孤立した震災直後は、ストックしていた食料を持ち寄り、分け合ってしのいだ。行政に頼らずとも、住民がまとまって災害対策本部を作り、がれき撤去や行方不明者の救助作業も行った。
 ここでは、誰に言われるまでもなく、助け合いながら、孤立を防ぐ努力を自然と行っていた。阪神大震災の経験を生かせないか、とばかり考えていたが、普段からの人と人とのつながりが、災害時に力を発揮することを、逆に教えてもらった。
 ◆ボランティアセンター
 一方、宮古市のあるボランティアセンターでは、ゴールデンウイーク中は倍以上のボランティアが集まり、職員が対応に追われていた。阪神大震災の時にボランティアをしたという人も多いという。仕事は主に、家の中の泥出し作業。だが、阪神大震災の時と違って、家が津波で流され、ほとんど残っていない集落では、ボランティアにやってもらう仕事がなくて困るというミスマッチもあった。職員は「ボランティアの方は、集中的に来てくれるが、一時的にしか滞在できない。今後は、長いスパンでかかわれるボランティアを養成することが課題」と話していた。阪神大震災の経験を生かそうとするあまり、善意を押し付けては東北の被災者に寄り添った支援は難しい。うまく善意を生かす仕組み作りが必要だと感じた。
 ◇がれき処理、進まず−−山田町
 いまだに残る大量のがれきの処理も問題だ。山田町の町立山田北小学校の避難所で、住民リーダーとして運営にかかわる小成孝也さん(48)は「強風が吹けば、いろいろなものが飛んでくる。せっかく助かった子どもたちの命を守るためにも、がれきを早く撤去してほしい」と訴えた。さらに、津波で奪われた街からは、生活の明かりが消え、夜は真っ暗だ。小成さんは「街灯もないし、治安も心配」と話していた。
 また、仮設住宅に移ってからの生活について心配する声も聞いた。避難所では、食事や生活用品が、支援物資として支給されるが仮設住宅に入ると自立しなければならない。仕事のめども立たない中、今後の生活に、みな不安を抱いていた。
 震災から時間がたつに連れて、被災者が直面する課題も変わっていく。阪神大震災の被災者だからこそ見えてくる問題もあるはず。阪神間から出来る支援について、これからもずっと考え続けていかなくてはいけない。

5月15日朝刊

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 ◇“元気発信”郷土料理のタコ飯
 東日本大震災の被災者を元気づけようと、北淡震災記念公園(淡路市小倉)は14日、宮城県気仙沼市と南三陸町、仙台市に職員3人を派遣した。3人は15、16日、3市町の避難所を訪問して炊き出しをし、郷土料理のタコ飯などを振る舞う。
 同公園がある旧北淡町は阪神大震災で甚大な被害を受けた。震災時の支援や激励のお返しになればと、公園を運営する第三セクター「ほくだん」が職員を派遣した。公園の野島断層保存館などで集めた義援金約43万円も被災地に送った。
 同館の米山正幸副館長(45)と田崎健係長(36)、職員の蔭山順一さん(26)が3カ所を訪問。約540人にタコ飯と淡路特産のタマネギでスープを作る。県立淡路高生徒会から託された寄せ書きも被災者に手渡す。
 米山副館長は「大震災から2カ月たち、つらい思いをしている被災者に、淡路から『必ず復興できるので、希望を持ってほしい』というメッセージと元気を届けたい」と話していた。【登口修】
〔淡路版〕

5月15日朝刊

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